歴史サークル 6月の活動(その2)

6月28日(水)、宇治市立北小倉小学校6年生43名(教師含む)の歴史ガイドを行ないました。コースは、公園館~高松塚壁画館~高松塚古墳~天武・持統天皇陵~亀石~橘寺~石舞台古墳です。
当学校からは毎年ガイド依頼があり、希望は6月21日でしたが雨で一週間延期になりました。当日も朝から雨でしたが日中に回復するという天気予報でしたので、実施する運びとなりました。
午前10時30分バスが国営飛鳥歴史公園館に到着、傘をさしたりカッパを着た子供達が降りてきました。
ちょっと元気なさそうです。無理もない雨でがっかりだったのでしょう。


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出発前に公園館内で注意事項を聞き、6組に分けてそれぞれ案内員が付きました。
「さぁ元気に歩こう」と一声をかけて出発

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高松塚壁画館では、飛鳥美人と絶賛を浴びた壁画や盗掘口のある石室が復元されています。
壁画は黒カビで汚染され現在公園館の裏で修復作業中で、年に数回公開されています。もう殆ど修復され奇麗な飛鳥美人を見ることが出来ます。


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高松塚古墳
小雨の降る中各班に分かれて説明を受けています。
古墳の裏(西側)の階段を少し上がった所に納骨された祠があるのを御存知でしょうか? 殆どの人は知らないと思います。子供達もびっくり ・ ・ ・ これは古墳発掘時に出てきた埋葬者の人骨です。化学的な分析によると筋肉質で長身の40才から60才の男性とか・ ・ ・ 訪れた時には一度お参りしてはいかがでしょうか。


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天武・持統天皇陵へ雨がやんできました。 
5段築成だったらしく段状の様相が残っています。

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天武・持統天皇陵

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猿石・橘寺方面へ雨はすっかりあがって生徒の皆さんにも元気な笑顔が

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亀 石  
誰が何のために造ったのか。歴史上は川原寺の境界石とか? 
この西側には大和平野に通じる大きな湖がありましたが、西の当麻側と東の川原側で水の取り合いをして水は干上がり住んでいた亀は死んだそうです。この亀は弔いの意味でつくられ今は南西方面を向いているが、西を向けば大和はまた湖になるという恐ろしい民話があります。猿石をはじめ明日香村にはこのような謎の石像物が数多く残っています。


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さぁこれから橘寺へ。生徒さん達の足も軽やかに速くなる。

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橘 寺
境内へは入らず門前での説明となりました。この寺は聖徳太子の誕生地とされ、全盛期には50数棟の建物があったそうです。中には五重塔の 礎石、二面石 、本堂には聖徳太子坐像等があります。
また橘寺の名前の由来はミカンの元祖と言われる橘の木で、橘の実は不老長寿の妙薬と言う田道間守命の物語はとても面白いです。


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橘寺を経て最後の石舞台古墳へ歩く生徒達の足取りは、 元気な者と疲れた者との差が大きく歩く間隔に大きな差が出てきました。中には疲れて歩けない・ ・ ・と体力不足の現在っ子に少し不安も。

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石舞台古墳到着
この古墳は蘇我馬子の墓と言う説がありますが、近くにある石積みのピラミッドの様相を呈する都塚古墳は彼の父蘇我稲目の可能性が高いそうで、この古墳は矢張り馬子である可能性が言われています。
最後の説明を聞いた生徒さん達は達成感もあるのか大はしゃぎしていた。そしてグループで先生に記念撮影を撮ってもらっていました。 

悪天候と思われた史跡案内も、途中から完全に雨が上がり絶好の日和となりました。今日実施の決断をした先生方も御喜びになっておられることでしょう。
宇治市立北小倉小学校の皆さん、また来年元気な姿を見せて下さい。  

ようこそ日本の心の故郷、古のロマン溢れる明日香村へ